「ゴルフをしない私」から「ゴルフをする未来の私」へ

10年前まで月1ゴルファーだった私も、今では月1~2回練習場に行くだけの「ゴルフをしない人」です。経済的な事情で一旦ゴルフから身を引きつつ、それでも遠い未来で再開するのを夢見ているオヤジは、今の日本に大勢いると思われます。そんなオヤジの、遠い未来に再開される自身のゴルファー像を夢見るブログを作ろうと思います。

いきなり始まるゴルフスイング(11)

(前の続き)
ゴルフスイングの技術についての話は、まだ始まったばかりである。


これまでの話で目が点になり、「訳が分からない」と困惑された人が続出しているかもしれないと心配になっていたが、考えてみると話はまだ序の口だから、そうやって困惑する方が正しい反応かもしれない。


むしろこんな序の口で理解したと早合点し、ゴルフスイングの全体像が見えたとか錯覚してしまう方がずっと問題である。こんなことを書いているが、もしかすると既に誤解して「分かった!」と早合点された人が居るかもしれない。著者としては思うことは、今回の話でその人の誤解が少しでも解けて、正しい理解に追いつくことを願うばかりである。といっても、著者の論文調は相変わらずで、だから今回も説明の前にヒントだけは出しておこう。


今回のヒント:「ハゲには養毛剤よりカツラが効果的」


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目的と手段はとてもよく似ている。


例えば、ある女性に「接近したい」と願う男が居たとする。


その男は豪華なデートプランを考えたり、会話を盛り上げる話術を磨いたり、話のネタ集めの準備に余念が無い。だが、もしまったく脈の無い女に思いを寄せての行動なら、その男の努力は虚しいストーカー行為にしかならない。


そんな不安を省みず、ひたすら「目的」を達成しようと努力し続けている男の姿を見たら、著者は思わずその男に同情して、応援したい気持ちになるが、そう感じるのは、ただ著者がモテない男だという事実を示しているに過ぎない。


これは誤解されやすい事であるが、この男の「目的」や「心情」が純粋かどうかは、男の行動がストーカー的な犯罪行為として成立してしまうかどうかと、全く関係が無い訳である。これは重要な部分なのでご注意頂きたい。ここを勘違いしたままだと、貴方もストーカーになってしまう危険性が高い人物であるかもしれないからだ。この手の誤解は、ストーカーの原因として考えられる本命かもしれない位である。


この男の心情がどれだけ誠心誠意、本物の慈愛に満ちていたとしても、肝心の相手にその気がまったく無く、交際を断られ続けているなら、負けずに粘っている男は応援するというより、完全なストーカー行為として成立してしまっている事を告げるべき事態であると言えよう。


本質的なことを厳しく言うなら、そんなストーカー行為をする男は、「相手の気持ちを理解できず、ひたすら自己愛の為に努力しているだけの下らない男」に過ぎない。だが、本人はそのことにまったく気が付かないのである。


(何故だろう?)


それは自分が抱いている相手への愛情が、正真正銘・本物だと実感しているからである。だから相手に何度断られても粘り強く努力し続ける自分の姿が、自分にとって前向きにカッコ良く正しい行為にしか思えない。そしてそれは、相手にとっても心地良い「正しい行為」になっているに違いないと誤解してしまうのである。


このように自己中心的な正義に自惚れ、誤った行動に気が付かないで、ひたすら無反省に自己愛の行動を繰り返す状態を、著者は「水戸黄門パターン」と分かりやすく名付けることにする。


現実的に考えると、恋焦がれる相手と交際できたら、その男にとっては至福の時となるかもしれないが、問題は相手の女性にとって、その男との交際に(その男が感じている程の)大きなメリットがあるかどうかである。この結末の成否を分けるポイントは、男の心情や思いの大きさよりも、相手側の女性に交際する上でのメリットがどれだけあるかの方が、ずっと大きく影響する筈である。


端的に言えば、その男がイケメンなら成功率は飛躍的に高くなるが、ブ男なら成功率は極端に低くなるだけのことだ(笑)。まあブ男が努力するあらゆる行為が、女性にとってひたすらキモイだけの迷惑行為になるだけだ、という厳しい表現がもっとも分かりやすいだろう。


さて、この男の努力がまったく成功に結びつかない状況である原因は、一体どこにあったのだろうか?


ストーカー行為に走ってしまう男は、ゴルフも下手かもしれない。というのは、何かを達成する為に「目的」と「手段」を混濁してしまうタイプの人は、往々にして失敗を繰り返すストーカー行為やゴルフの下手さになって現れやすいからである。


ゴルフでミスショットを繰り返すタイプの人をよく見掛けるが、それはストーカー行為に走る男の心情ととてもよく似ている。


男が女性を心の底から愛しているとしても、その心情の深さや大きさ、強さなどはどれも「目的」を現すパラメーターでしかない。「目的」とは、自己愛の達成目標であり、恋焦がれる女性との交際を成功させたいと願う男の飽くなき「情熱の強さ」のようなものである。


つまりより達成したいと強く願うものは「目的」なのである。


もしこの男がブ男なら、成功に結びつく「手段」は、もしかすると整形手術でイケメンになる事が正解だったのかもしれない。


抵抗があるかもしれないが、正しい努力とはそのような方向でしかないのである。


もし東大に入りたいのなら、とにかく単純に勉強するしかない筈だが、もし東大に入りたいと願う気持ちを表現して、海に向って大声で叫んだり、気持ちを文字にして書道で大きく書いたり、神社で百回祈ったりしても、(そりゃ応援したくはなるが)東大合格に向けた努力の仕方として、つまり「手段」としては不正解な努力であると言わざるを得ない。


ゴルフの場合、どんなに「真直ぐに行け!」と願いを込めてスイングしても、全く無意味であるという話である。


この「真直ぐに飛べ!」という思いは、あくまで「目的」であって「手段」とは無関係であるからだ。


例えば、ゴルフショットが右に大きく曲がるミスショットをスライスと呼ぶが、スライスしたくないという思いをぶつけて、ゴルファーが熱烈なスイング練習を何万回繰り返して努力しても、まったく無意味で無関係な行為なのである(残酷な事実だ)。


そんな馬鹿な奴はいないだろうと思われるかもしれないが、ゴルフの世界にはこういった混濁した教えが一杯ある。


・背骨を真直ぐにすれば、真直ぐ飛ぶ。
・左腕を真直ぐに伸ばせば、真直ぐ飛ぶ。
・クラブをスクエアーに構えてスクエアーに振れば真直ぐ飛ぶ。
・スタンスを飛球線と平行にすれば、真直ぐ飛ぶ。


いやいや・・・(笑)これは変でしょう?って著者は思ってしまうような迷言が、ゴルフ界に溢れている。


前回の話で著者が説明したのは、ゴルフスイングの行う上での「目的」である。だから、目的を手段と混濁してしまうタイプ人は、おそらくこの「目的」の内容を理解しただけで「よし分かった!」と早合点して喜んでしまう可能性が非常に高い訳だ。


ゴルフで真直ぐにボールを飛ばす物理的な原理はあくまで「目的」に過ぎない。


ゴルフ技術とは「手段」である。だから、目的を果たす為に必要な「どう動かすの?」という具体的な方法を全く別に説明する必要があるのだが、この「目的」と「手段」はまったく関係が無い要素で満たされているものなのである。


ひとつだけ補足しておく。


もしブ男が「正しい手段」に気が付き、整形手術を受ける為のお金を貯める努力をして、見事イケメンに変身したら、お目当ての女性を口説き落とせるかもしれない。そして、そうやって見てくれの姿を恋するだけの女性に気が付いた男は、愛想を尽かしてしまうかもしれない。だが、そうやって女性への愛が冷めてしまうようなら、その男の思いが「自己中心的な愛」でしかなかったという事実を示すのみである。


相手が喜ぶなら整形も辞さないという性格の方が、相手への心情を気遣う本質さから、真の愛に少しばかり近いように著者は思う。


最後になりましたが、冒頭のヒントで書いたように、整形やカツラは周囲にバレバレなので、その点をお忘れなきよう、ご注意くださいませ(念の為)。


(続く)

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