「ゴルフをしない私」から「ゴルフをする未来の私」へ

10年前まで月1ゴルファーだった私も、今では月1~2回練習場に行くだけの「ゴルフをしない人」です。経済的な事情で一旦ゴルフから身を引きつつ、それでも遠い未来で再開するのを夢見ているオヤジは、今の日本に大勢いると思われます。そんなオヤジの、遠い未来に再開される自身のゴルファー像を夢見るブログを作ろうと思います。

「波動」~ゴルフスイングの運動原理~(6)


すごい操り人形



この動画に映っているのはマリオネットと呼ばれる「操り人形」である。


この動画を見ると、操り手の腕次第で人形がここまでリアルに生き生きと動くものかと関心して、つい時間が経つのを忘れて見続けてしまう。この動画では「人形」をリアルにダンスさせるのとシンクロするように、操り手自身もダンスするようにリズムを取って、場の雰囲気を演出している姿が映っている。





Marionette on the street 路上の操り人形




この動画では観客の子供に人形を操らせている様子だが、操り手は人形の脚の動きと自分自身の脚の動きをリンクさせるようにステップを踏んで子供に見本を示している。


実際に人形の足をステップさせるだけなら、釣り糸を操る手先の操作だけで済む筈だが、この動画を見ていると、なんだか人形の足と操り手自身の足が本当にリンクしているかような錯覚に陥って、それがなんだか不思議で面白い。


隣りで人形を扱うだけに必死な子供の動きに比べ、この操り手は高い操作技術で人形をコントロールして余裕もあるのだろう。だが、ただ単に人形をリアルに動かすだけで、(子供のように)操り手自身の体が止まってしまうと、素人っぽく見えて場が白けてしまうから、意図して操り手は自分自身もダンスステップを踏んでいるのかもしれない。



プロゴルフの世界にもこれと似た様な部分がある。


つまりプロゴルファーはただボールを正確に打って「真面目なゴルフ」に徹するだけだと、(ある意味見世物としての)面白みに欠けて客を呼べず、プロの興業として成り立たない事情があるのではないか?という疑念である。


例えば、ミッシェル・ウィーはアメリカのLPGAツアーで16歳のプロデビュー時から絶大な人気を維持し続けてきたベテラン女子プロゴルファーである。


彼女は弱冠14歳のアマチュアだった頃から、身長が185センチもあるモデル体型で、ドライバーを握れば男性顔負けの300ヤードをかっ飛ばす、ワイルドでエキゾチックなゴルフスイングが魅力的で注目を浴びていた。


だから彼女がプロデビューを待たずに爆発的な人気のあるLPGAの看板選手となるのは約束されていた話だとも言えよう。


客を呼べるという意味での存在価値が世界トップクラスにあるミッシェル・ウイーも、肝心のプロ通産成績(勝利数)が4勝に留まっているという点では、彼女ほどの逸材にしては少な過ぎると感じているのは私だけでは無いだろう。


もちろん、今後も彼女の存在(価値)はLPGAで燦然と輝き続けるだろうから、プロゴルフの世界において、ゴルファー自身の容姿やファッションセンス、そしてスイングフォームといった「見た目」がセクシーかどうかは、かなり重要だとは言える。


プロはただ精度の高い技術やパワーがあるだけでは済まされないのだ(厳しい!)。


これが「操り人形」なら、ただ単に人形をリアルに動かせれば済むという話ではなく、(本質的に無意味である筈の)操り手自身の体も人形と共に「愉しげに踊らねばならない」という訳だ。


実際にプロゴルファーのスイングフォームがセクシーかどうかは、そのプロゴルファーがどれだけ長く活躍し続けられるかの実績と相関関係が認められるだろう。


例えばミッシェル・ウイーの成績だけを見れば(現在の彼女ほど)スポンサーやCM等の契約が舞い込むとは考えにくい。が、彼女のように絶大な人気選手になれたら、スポンサーが放っておく筈もない。実際、彼女のスポンサーや彼女を支援するあらゆる媒体(=世界トップクラスのプロコーチなどのサポートチーム)は掛け値なしに彼女を支援しようとするに違いないからだ。


現実的に人気選手は(そうでない選手よりも)経済的に安定すると言えるなら、その後のゴルフの成績にも多大な影響を与えている、と言えるのではないだろうか?


スポーツの中で特に精神的なものの影響が無視できないプロゴルフ競技において、その選手の人気の高さは、その後の成績や能力とも明らかな相関関係が認められるほどに影響があるものだと、結論を急ぐこともできるだろう。


よって、プロゴルフ競技の歴史において、ゴルフのスイングフォームの要素に「セクシーさ」が加味された進化を遂げてゆく必然性が成り立つ訳だ。


つまりよりセクシーなスイングをする者ほど、より良い成績が導き出されるという(プロ競技に限定された現象になるとは思うが、、)相関関係が認められる可能性は高いのである。


特に女子プロの競技では、その手の相関関係がより強く認められる傾向があるかもしれない・・・


歴史的な結果を残したベン・ホーガンのゴルフスイングからは「より本質な技術力から導かれる圧倒的な存在」を感じられた。だから彼のスイングや技術は後世のプロアマ問わず、あらゆるゴルファーから畏怖され、愛され続けているのだ。


それに対し、ジャック・ニクラウスやタイガーウッズのゴルフスイングからは、ホーガンとは違う向きで「エロティズムで野生的な魅力」を感じる。確かに彼らのスイングは魅力的だが、どれだけ憧れても、彼らのスイングを真似ることは、特にアマチュアには荷が重いに違いない。



トップクラスの選手の真似し難い部分がどれだけ「セクシー」でも(そこに最も憧れを抱くに違いないアマチュアゴルファーの欲望とは裏腹に)、そのセクシーな部分は「ゴルフ技術の本質」とかけ離れた要素に過ぎないと断言できる。


技術的な本質は「操り人形」における「人形を操る技術」に他ならないからだ。


それでも技術的な要素の本質を見抜くだけの眼力が少ないアマチュアゴルファーが「セクシーさ」だけに目を奪われ、例えばインパクト後のフォロースルーで「右足のキックする端麗なフォーム」などに執着し続ける事態は、今後も変わり無いだろう。


(そこを真似ても何の意味もない筈だが)そういった無意味な要素に目を奪われる客は途絶えないから、その手の生徒を教えるプロコーチは(構造的に)幾らでも生徒から金を巻き上げられる。(まあそれでゴルフ業界が成り立っている事情があるかもしれないので、著者はこれ以上突っ込むつもりは毛頭ないが・・・)



ただ、もしこのブログを閲覧している方が、将来ゴルフを始める機会と縁ができたら、ゴルフ技術の本質的な事柄は、あくまで「人形の動き」だけだと知っておいて損はないと宣告しておきたい。人形の操り手自身の「右足のキック」とか「ステップ」とかは結果とまったく無関係なのだと、知っておいて頂きたいのだ。折角なので。


それでは最後に、著者の動画を見て頂きたい(なんだか怪しげな展開だな・・・笑)。




【ゴルフスイングの答え(合わせ)】(検証の実証実験とその結果)



この動画でちょこまか小ざかしいショットを打つ著者の姿は、50近い厚眼鏡を欠けた油っぽくて汚いオッサンでしかない。この動画では、その汚いだけのオッサンが、なんだか狭いリビングの中でちょこまか細かいショットを繰り返しいる。


ちょっとというか、かなり見るに耐えないこの動画の「見た目」だけは、確かに(先に挙げた)セクシーなプロゴルファーの姿とは対極的な存在だと言わざる負えない。だが宣言しよう。この動画でちょこまか動いている汚いオッサンがやっている事こそが「本物(=本質)」なのだ。


つまりゴルフ技術の本丸中の本丸。ゴルフスイングの本質(=答え)なのである。


(続く)

×

非ログインユーザーとして返信する